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Art Pepper、妙中俊哉さん、Bob Andrews・・・
  • Art Pepperがお好きな我が国のファンなら、この人の盤に時々妙中さんと言う方の名前が顔を出すのにお気付きでしょう。今回は、我らが妙中さんの活動についてメモします。これまでの後期Art Pepper絡みのメモは、(1)(2)(3)そして(4)にあります。今回は、Art Pepperを妙中さんに引き合わせたBob Andrewsというジャズマニアに焦点を当てました。
    妙中さんが制作に貢献された盤が結構あって・・・
  • ある盤が制作されてから市場に出る迄には色々な段階と、各々に応じた役割とがあります。先ずは世の中は金で動いていますから、何と言っても肝になるは資金を持っている人です。その人が只の商売人でジャズに詳しくない場合は、実務を誰かにやって貰います。それを任されて制作者となった人も全てに明るいわけではなく、権利関係が入り組んでいたりすると、原録音を持っている人と取り敢えずそれを発売したいと思う人の両方に貸しがあったりして、顔が効くので仲介を頼まれた人・・・というのが大事になります。
    餅は餅屋で・・・
  • 超有名なジャズメンがメジャー・レーベルから出した盤を聴き込むだけでも普通のジャズファンは幸せなんですが、何かの拍子に断簡零墨の類が死後に見つかることがあります。昔なら、マニア間で「Private Recording(私家録音)」として(闇から闇へと)交換されるだけで、市井には出回らなかったテープでも、現在では発掘してもソコソコの商売になる時代です。無論、他界したジャズメンが新たに録音するなんてことはあり得ません。それ等の多くは、テレビ・ラジオ局で放送した物や、ジャズクラブのPA作業途上で出来てしまった物・・・等々で、マスター直前まで出来上がっているものであり、CD化するのにそれ程の資金と労力を要しないのです。そうすると後は、そういう隠れ録音を見付けて、権利関係を整理してしまえば良いので、ジャズメン、メディア、ジャズクラブなどといつも接している妙中さんのような専門家の出番となる訳です。
    VantageのBob Andrews氏
  • 少し調べてみると、妙中さんがArt Pepper絡みで何らかの貢献をされた盤では、Bob Andrewsというジャズマニアの名前が良く出てきます。この人は多くのギグに顔を出して、50年代にはまだ珍しかった手持ちのテレコにその夜の演奏を(多くは隠し)録りしまくったものを、自分で興したVantageと言うマイナー・レーベルで出していました。そうした手持ちの録音の中にはArt Pepperの演奏も多くあり、Seabreeze/ Interplayレーベルを発足させて、この業界で名を知られつつあった妙中さんの所に、それ等の中からこれはと思うテープを持ち込んでは、盤として出すように誘っていたようです。ボブ絡みの盤の音は、メジャーで出るような完璧なミクシングなどされておらず、むしろその価値はマニア向けの貴重な記録の域を出ませんが、それはそれで有意義な営為、だとNelsonは考えています。
    ということで、ボブ話で別稿を立てましたが・・・
  • これ等の一部は、妙中さんがInterplayレーベルの盤として出したものもあり、Artが世界各所でやったギグが何らかの形で録音されていて、主催者からご本人に記録用(?)として渡されたテープが、妙中さんの手を経て世に出たモノもあります。世界中にArt Pepperファンはゴマンと居ますから、下記の手持ち以外にも世の中にはまだまだ、この種の私家録音で発売されていないものが沢山あると想像します・・・ということで以下に、Art Pepper、Bob Andrews、妙中の三氏が絡み合って出た盤をリストしました。
  • もう一つ、下世話な事情を書いておくと、後期のArtは妻Laurieの叱咤激励の甲斐あって悪癖から抜け出していくのですが、好事魔多しと言えば良いのか・・・物事はそんなキレイごとでは済まないものです。Artの更生のためにLaurieが家計を掌握するようになったのは良いのですが、ArtはLaurieには言えないオコヅカイが要り様になると、Bobに何度も金策を頼むので、妙中さんに声がかかることもあったのでした。無論、Artは単に金をねだるのではなく、上記したギグの主催者が寄越すカセットテープが手元に沢山溜まっているのを預けて、それを担保にしたと言います。それがこの3者の間を長く腐れ縁で繋いで行った面もある、と妙中さんは冷静に見ていたようです。Artのオコヅカイ程度なら妙中さんにはどうとでもなったので、テープを受け取って仕舞い込みました。そんなテープが他用に紛れて、会社の倉庫の棚で長く眠ってしまっていたモノを、10年以上も経ってから日本で出したら結構売れたと言う次第だったようです。
    三氏が発掘に絡んだ盤の数々
    • 1952.01 ; Live at Light House '52 (Art Union ABCJ-514)
      探してみましたが、今は手元にありません。
    • 1952.08 ; Inglewood Jam 1952 Complete/ Art Pepper (SSJ XQAM1632)
      ロス近郊の「Trade Wind(貿易風)」クラブでの月曜ジャムセッションの記録。飛び入りして来たラス・フリーマン、アル・ヘイグ、チェット・ベイカーらも聴けます。
    • 1953.03: 「Art Pepper With Sonny Clark Trio: Vol.1,2」
      後に下掲の「Among Friends」盤を録音する契機となった、Artのポン友、Bob Andrewsとの交流の嚆矢に当る成果です。彼が持っていた大昔の私家録音テープを買う話になったのが1977年で、話を聞くことになったファミレスの「デニーズ」は、LAのArtの家の傍にあり、それが初めての出会いとなるArt Pepperもそこに同席していた(ということは、Artはその金策で結構テンパっていたのでしょうねぇ)。音はさほど悪くなく、演奏も良さそうなので、これは後日InterplayでLPでも、CDでも出ました。演奏は西海岸の名店、Lighthouseクラブでのもので、本来なら馬さんがピアノを弾く筈だったのに、その晩は何故か顔を出さなかったので、急遽Sonny Clarkがトラで入ったと言う偶然の賜物でした。そのカルテット編成の出来が良いのに気付いた客達が、「そのママ、ずっとやれよ」とか言ったそうで・・・BobはCD2枚分も録ったらしい。この飛び入りの成功の御蔭で、Sonny ClarkはHoward Ramseyの目に留まり、そのままLighthouseのハウスピアノを弾くようになって、名前を知られる切っ掛けになったと言います。我が手持ちは、かのDisk Unionが国内発売した2枚組CDであり、制作者は妙中となっています。
    • 1957.01: Showtime (Jazzbank, PJL MTCJ1056)
      Bob Andrewsが手持ちテレコで録ったものが1957年になって、ABCTVの『Stars of Jazz』、NBCTVの『Tonight Show』で・・・とテレビ放映された演奏をまとめたもの。一聴して前期特有のペッパーならではの瑞々しいアルトの音色に惹き込まれますが、如何せんSP片面を意識したかのような3分間芸術の食い足りなさが気になるのは贅沢すぎるかも・・・今なら、「HMVのサイトで視聴可能」です。
    • choice1975.03: Pepper Jam (Jazzbank , PJL MTCJ1065)
      妙中さんがArtから一括で受け取ったものの中の、サン・ディエゴでのギグ。Amazonで全曲が視聴可能です。
    • 1978.09: 「Among Friends」
      Artと気が合っていたRuss Freemanがピアノを弾くので、「好きなようにやって良いよ」と妙中さんが言ったのが功を奏した良い出来となっていて、自己のレーベルであるInterplay盤として出したもの。クレジットという意味ではBob Andrewsの名は上がっていないが、解説文中で妙中さんは、この盤が録音できたのもBobとの縁があってのことだった、と敬意を表しています。
    • 1980.04: London Live 1980 (M and I MYCJ-30468)
      「メジャー・レーベルは、名の通ったジャズメンと組ませたがるんだけど、僕は今のレギュラーの面子で、今やりたい曲をやった演奏をもっと皆に聞いて欲しいんだよ。」と言う御本人の言で手渡されたテープ。
    • 1980.05: Paris Live 1980 (M and I MYCJ-30472)
      上記と同時期の訪欧ライブ盤で、Artが一括して手渡したもののCD化。もっと音質が悪い形で長靴盤が欧州では一度出たらしいが、ラジオ局からArtに直接渡された音も悪くない元テープから、妙中さんが起こさせたもの。
    • 1981.05: Art Pepper in Milan (SSJ, Sinatra Society of Japan XQAM1618
      Bob Andrews経由で、「少し金が要ることが起きたらしくて、アンタに聞いてみて呉れと頼まれたんだけど・・・」と言われて、妙中さんがテープを買ってやったモノの一つ。妙中さんは御商売の感覚が鋭くて、その当時はHank JonesやTommy Flanaganとの共演盤が出たばかりだったので、競合した発売を見送った。それをド忘れして長年放置してしまっていたのを、後になって出したら結構売れてしまって驚いたと言う。

    矢張り野に置け、レンゲソウ・・・なのか
  • 江戸の頃、友人が遊女を見受けしようとするのを聞いた方が、「手に取るな、やはり野に置け蓮華草」といさめたと言います。野に咲いてこその美と、手元に置くことの不似合とを詠った句のようですが、これまで縷々書き留めてきた上掲のような「マニア垂涎の(^^;」盤にも当てはまること、とのご指摘がありましょう。確かに、それは言えるかも知れませんね。冷静に見て、長年世に出なかった演奏にはそれだけの理由があるものです。そういった盤を買ったとして、それ以降擦り切れるほど愛聴することになったという話は余り聞きません。ましてや音質面でも、眼前にジャズメンの姿が彷彿とするという類の優秀録音盤であった試しは先ずありません。それ程抜群の出来であれば、メジャーレーベルが音源を買い取ってでも、とっくに発売していた筈です。
  • 然は然りながら・・・とNelsonは思います。好きな作家の書いたものなら、断簡零墨であっても一度は読んでみたいと思うのがヒトの常です・・・というか、マニアのサガです。そんなものは所有欲のなせる所に過ぎない、と突き放す人も居るとしても、Nelsonは
    「そう固いことを言わんでも、良ぇやんか。家屋敷を投げ打ってっちゅうほど高いことあらへんのやから、取り敢えずは買ぅて来て、何べんか聴くのの、どこが悪いねんな。放っといてぇな!
    とも思うのです。
    閑話休題
  • このページで上掲した3枚の色目も鮮やかな盤「Neon Art Vol.1, 2, 3」も、Art Pepperの未発表録音の発掘物です。第一巻は、1981年にやったシアトルでのギグで、ピアノはMilcho Levievです。第二巻は東京、鳥取、札幌、第三巻は鳥取、名古屋、札幌での録音で、ピアノはGeorge Cablesです。3枚共に、Laurie Pepper単独名義の制作です。これ等は先ずLPで出て、後にCDでも出ていますが、入手には手間取る筈です。中身のCDがジャケットと同じ色だという説がありますが、真偽のほどはどうなのでしょうか・・・

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