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アウトする

  • 繰り返しになりますが、ジャズはいつでも新しい表現方法を追求してきましたが、その度に「アウトして」(今までの枠の外に出て)きたのです。ということで、Nelsonの話はかなり素人臭いものです。
    アウト
  • 人が演奏する音楽ですから、昔の人がやったそのままと言うのは、実は厳密にはありえないことです。今までの枠を想定してその範囲内に入っていれば「イン」ということになりますし、枠をはみ出ていると「アウト」です。簡単に言えば、過去と違う行き方であれば「アウト」な訳ですから、ジャズの歴史は「アウト」の連続です。ラグタイム、デキシー、スィング、バップ、クール等は、「そういう風な音が好きだから」ということで出来たと言えますが、やはり「それまでの音楽に飽き足らないから」出来たに違いありません。とは言え、アウトという言葉ができたのはここ2,30年位のことですから、やはりハード・バップ以降のジャズの変化について言うことが多いようです。以下は、Nelsonの私見です。
    Herbie Hancockで、、、
  • 先に例に挙げたHerbie Hancockにもう少し話を戻します。この人は60年代前半に登場し、Una Mas/ Kenny Dorhamや、Feelin' the Spirit/ Grant Green、そして初リーダー作のTakin' off/ Herbie Hancockでは「スイカ売り人(Watermelon Man)」の演奏で、ノリの良いピアノを聞かせて、注目されました。取っ付きやすくて、耳馴染みが良い音選び、しつこいほどの反復フレーズやキャッチィなリズムパターンの多用等の黒っぽいアプローチで、一躍人気ジャズメンになりました。恐らくこのスタイルのまま続けていっても、おまんまは食えたことでしょう。しかしそれで終わらない所がこの人の凄い所でした。やはり「自分の音楽とは何か」について、演奏活動をしながらも、真剣に、色々と考えてきたのではないでしょうか。例えばThe Illinois Concert/ Eric DolphyでEric Dolphyと共演したことでも判るように、調子の良いハード・バップ系のジャズに必ずしも安住せずに、新しいジャズの模索を続けていたことは、明らかです。
  • この頃、御大の目に止まって、Seven Steps to Heaven/ Miles Davisの頃からバンドに参加し、遂にThe Complete Concert 1964, My funny Valentine + Four and more/ Miles Davisで、大向こうを唸らせる最高の演奏を聞かせるに至ったのです。楽理の知識にも強いMiles Davisの手下として、音楽理論的に何かを掴んだことは明白です。そしてその翌年に出したのが、Maiden Voyage/ Herbie Hancockという質の高いリーダー作です。これは今までにはなかったような感覚のジャズで、高く評価されました。魅力的なメロディも新鮮ですが、音選び、ハーモニー、リズムセクションのサポート等に、言葉にし難いのですが、ボンヤリと新鮮さが仄見えます。そして、その傾向をもっと進めたのが、同じ曲のHappenings/ Bobby Hutchersonでの演奏で、Herbie Hancock自身も参加しています。硬質、怜悧、夢幻なんて言葉が思い浮かびますが、妙なことに燃えてもいる演奏です。今までのジャズではあまり聴かれなかったような深みと広がりを持ったハーモニーがはっきり聴き取れます。最初聴いた時に、本人のリーダー作での演奏よりも、他人の作品にサイドメンで参加した演奏のほうが良いなんて、「どうなッてんのか」と思いました。でも、この時期には色んな若手が、さまざまな試みをしており、その相互作用がうまく行ったということなのかも知れません。ボンヤリとして聴いていても、聴きなれた曲の筈なのに新鮮な響で聞こえるのは、この人達の「アウト」が実を結び始めたということの証左です。その時期のマイルスバンドでの同僚であるRon Carter等とも啓発しあってのことでしょう。
    「アウトする」
  • 今のジャズは、和音関係が相当に複雑になってきており、この辺が「アウトする」の例によく挙げられています。つまり「通常のコードの枠組みの外に出る」という感じでしょうか。そのために、コードの基本和音を更に拡張した9次、11次の和音も動員したり、さらには類縁和音を挿入したりして、味付けをし、またソロイストを鼓舞し、刺激するスタイルが定着しています。確かにHerbie Hancock等のそういう手管を見ていると、想像力、あるいは創造力というものの素晴らしさを感じざるを得ません。あるいは、幻視者としてのBill Evansの魅力の秘密も、この辺にありそうです。これはまた、Ron Carterの押さえる和音、というか音群にも言えることのようです。極端な場合、全然関係の無い和音の音を突っ込む場合もあるようですが、それも含めて巧くやると、実に新鮮な感じがするのは確かのようです。余り定跡どおりではなく、といってメチャクチャでも無くという、その按配が大事なようです。更に今のジャズでは、モード関係のことも出てきますので、もう少し説明が違ってきます。
    他にも一杯、例はあります
  • 例えば、John Coltraneを見てみましょう。Kind of Blue/ Miles DavisまでのJohn Coltraneは、それなりではあっても、それだけのテナーです。しかし、Live at Olympia 1960, Featuring John Coltrane/ Miles Davis頃からは本性を現わし、Miles Davisとは異なるジャズの領域へ踏み込み始めています。そして退団後のGiant Steps等を経て、My Favorite ThingsOleそしてThe Complete 1961 Village Vanguard Recordingsへと、大きく「アウト」して行ったのだ、と考えています。
    Don Pullenのこぶし弾き
  • 例えば、Don Pullenがよくやる「こぶし弾き」とでもいう弾き方があります。これはアドリブの途中で、右手を丸めて親指、人差し指、中指を一緒にして鍵盤上を滑らせる弾き方です。ノリノリのアドリブを締める時に、同様に鍵盤の半分以上をもこれでザーッとやって、「一丁上がり」にするという大向こう狙いの決め技はよく見かけます。しかし、それを「アドリブの途中で連発する」というのが、Don Pullen専売特許のこぶし弾きです。音には和音というものがあり、それらは複数の音がハモッて聴こえる性質を持っています。同時に鳴らすこともあり、アルペジオと言って、分散和音として時系列的になることもあります。しかし、鍵盤上で隣り合った音、つまり音程にして2度の差では、和音を構成することはありません。これは、不協和音です。Don Pullenのように鍵盤上を指を滑らして弾くと、隣り合った音が時を置かずに押さえられますから、必ず不協和音的な響きになります。不協和音を使うことは、音楽としては「イケナイこと」なんですが、それが立派な手法に高められている例です。教科書的には禁じ手ともいえる「Don Pullenのこぶし弾き」のように特定の場所で、上手く使うと、曲の流れを維持しながらも、そこから飛び出そうとしている感じも出て、実に新鮮な印象を与えます。これは、Don Pullenなりのアウトの仕方の一例です。インな弾き方の一部に、アウトな「こぶし弾き」を上手く挿入する、その按配が大事なようです。これを、単なるギミック(子供だましの曲芸)ではなく、ある曲のある場所で入れるという、本人なりの選択が物を言って、アウトで、きらめくような不思議な感興をもたらしてくれます。今もファンに熱く語り継がれている、マウント富士での「Song from the Old Country」の信じられないような名演でも、この技が出まくっていましたね。これと似たことは、BOOKER LITTLEの洩らした一言にも、メモしてあります。
    もっと昔から、、、
  • アウトは、そういう意味で、昔から例が多くあります。Satchmo、Lester Young、Charlie Parkerのやった革命は、皆「アウト」の好例です。でも、実際に「アウト」をHerbie HancockやJohn Coltraneの場合などで説明したのは、やはり和音、旋法、リズム等の展開・分解・解決などの高度化・複雑化と併せて話題にすることが多いからです。
    「アウトにきこえる」
  • あるアウトの方向が模索されて行くと、「誰々のアウト」というように典型的な雰囲気が出来てしまいます。そしてそれが成熟していく間は良いのですが、ある程度アウトの仕方が定着すると、それがアウトには聞こえなくなる、ということもあります。そういう意味でアウトは相対的な面があるようです。極端な場合、演奏の流れの中で、別にアウトしていないのに、音色やリズムの関係でなのか「アウトにきこえる」場合などもあります。いずれにしても、ある程度の組み立てがあるにしても、その場で「こんな感じかナァ」と模索されている、あるいは勝負している、その感じが良いのではないでしょうか。
    「イン」も大事
  • 個性の発揮として、「アウト」を志向することは自然のことですが、ここでも大事なことは、「イン」であろうと「アウト」であろうと、聴かせるジャズに力が無くてはどうしようもありません。そういう意味では、「イン」なジャズが必ずしも「劣っている」訳でも、「マンネリ」な訳でもありません。「アウト」の様式を借りて、外見だけはカッコよく装っていても、「ダメなジャズは、ダメなジャズ」です。キャラキャラ、ブハブハと手数が多く、一見新鮮に聞こえても、「それでアンタは何を言いたいの」といわれるようでは何にもなりません。言いたいことがあって、その次にスタイルとして「イン」でも言えるんだけど、「アウト」したいのなら、それはそれで良い、、、ということではないかと思います

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