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1923 in Dallas - 1984.04.23 in age 60(William McKinley Garland)
- 1956.12: Red Garland's Piano
- 1957.05: Groovy
- 1957.11: All Mornin' Long
- 1958.04: Manteca
- 1959.10: At the Prelude Vol 1
- 1962.01: Solar
ALSO COOKING IN :
- 1956.05: Relaxin' with the Miles Davis Quintet
- 1956.05: Steamin' with the Miles Davis Quintet
- 1957.01: Art Pepper Meets the Rhythm Section
- 1958.04: Milestones/ Miles Davis
AND FURTHERMORE IN:
- 1957.05: Coltrane/ John Coltrane
- 1958.07: The Stardust Sessions/ John Coltrane
- 1955.10: 'Round about Midnight/ Miles Davis
- 1955.11: The New Miles Davis Quintet/ Miles Davis
- 1956.05: Workin' with the Miles Davis Quintet
- 1956.10: Miles Davis and the Modern Jazz Giants
- 1956.10: Cookin' with the Miles Davis Quintet
- 1957.05: With Red Garland/ Curtis Fuller
- 1956.12: McLean's Scene/ Jackie McLean
- 1956.05: Tenor Madness/ Sonny Rollins
- 1956.09: Taylor's Wailer/ Art Taylor
- 1978.07: Galaxy All Stars Live under the Sky '78
- ハードバップのピアニストとして一角を築いていますが、どちらかというと古いタイプに属するピアニストでしょう。手口も、シングルトーンとブロックコードくらいですが、その按配が絶妙でファンが多い人です。何とも綺麗で、和むピアノを弾いてくれます。プレスティッジには20枚近くのリーダー録音があるのではないでしょうか。上記の盤群を発表後、ジャズを止めてタクシー運転手か何かをやっていて、また復帰したりしました。元々ボクサーだったから、別にどうということはないのでしょうか。
- マイルスが最初に雇ったときは、一部から「カクテル・ピアニスト」という批判が出たそうですが、結果的にはコルトレーンのガラッパチ音との関係で、全体の仕上がりが良かったというマイルスの考えでしょうか。マイルスが電気音楽に走り始める頃には、故郷のテキサスに引っ込んでしまいました。
- サイドメン物では、圧倒的にMiles Davisとのセッションが多い上に、上質です。この時の、Garland、Chambers、PhillyJoeのリズムセクションは、「All American Rhythm Section」との敬称を奉られて、かってのBasieのバンドにおけるそれを凌ぐとされました。確かに、どんな曲をやらせても、ハッとさせるサポートで唸るしかない組み合わせでした。一説には、マイルスが隙間の多いAhmad Jamalのピアノに参っていて、しきりにあのスタイルでやってくれ、と頼んだので、習い性となったと言います。
- 高校時代に親父さんがクラリネットを買ってくれたのが、音楽の手始めらしく、後にBuster Williamsに惚れ込んでアルトに代えた。その後ボクシングを始めて、35戦の記録があるといいます。その後徴兵され、陸軍でアルトを吹いたり、ボクシングの試合をしていた。その時の仲間のピアニストと意気投合し、ピアノの可能性に目覚める。除隊後は、Hot Lips Pageのバンドに加わり、その後Billy Eckstine楽団に移った所で、マイルスと知り合った。その後、Coleman Hawkinsや、Roy Eldridgeと組んだり、ボストンでトリオでやるようになり、1955年からマイルスのバンドに参加する。このバンドを辞めた後は、殆ど自己のトリオで仕事をしている。
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