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レコードか、ライブか

  • Jazzを楽しむ方は、大抵は、出掛けていってライブを聞くか、メディアに固定された録音物を聞くかでしょう。ライブは、音だけでなく、演奏者の振る舞い、その現場の環境、雰囲気、同行者等の影響も有りますが、やはり一番興奮するものです。ヒノテルさんのお辞儀(というのか)、板橋さんのダジダジ、Bill Evansの鍵盤への傾倒(この表現で良いのか)、デジガレの蛙のような頬等が出ると、やんやの拍手が出ますよね。一方、録音物は固定されているので、繰り返し聞きなどが可能で、いわゆる反芻、探究が可能です。どちらが本物という議論も有りますが、両方楽しむに越したことはありません。
  • Rollinsが「日本人はレコードに拘泥し過ぎである」と発言したのは、かなり昔の話です。日本の評論家が、来日時のインタビューで、過去の名演にまつわるこぼれ話を、この時とばかり根掘り葉掘り聞くものだから、驚いて、あるいは呆れてこんな発言となったのかもしれません。最近では、Branford Marsalisだったかが、日本人の聞き方は「正しくない」とかいって話題をかもしました。
  • Rollinsの発言時は、一部の人を除けば、来日公演でも無い限り、そうは簡単に彼等のライブに接する機会がなかったのですから、「そう言われてもなぁ、、」、と当時は違和感がありました。今は来日の頻度も高く、事情は相当に変わっていますが、それでも外人演奏者に関する限り、米国の人と同じとはいかないでしょう。
  • 彼の言うのはもっともなことです。単純に考えても、ライブの場合は、年に100日仕事があったとして、300時間位の演奏があるわけです。一方録音の方ですが、絶頂期で多作な場合で、年に10枚CDを出したとしても、記録された演奏は、単純には、本人のライブ演奏の数%程度という計算になります。その特殊な瞬間をさも普遍的なことと捕らえて、全体像の把握を試みるのは、群盲象をなでる、と言われてもしかたがありません。この点に関して(だけ(^^;)は、某○波氏の主張を認めます。
  • そのようなライブの良さはあるとして、レコードは何よりも何度も聞けると言うのが良い所です。無論、惰性的に流し聞くのではなく、聴き方を色々変えて、ということですが、、、少し聞き込んでくると感じることですが、聞く方の精神状態如何で、聞こえ方が全く違うことがあります。「なーるほど、この曲はこういう曲であったのか」、と目から鱗状態になるのです。これは、再生装置のことを言っているのではありません。
  • 再生装置を変えて、演者の鼻息が聞こえたとか、喧嘩の様子が判るとか、そういう聞き方もあるようです。実は、これはまた面白い世界なのです。歌詞の合間に、ほら、今ちょっと微笑んだだろう、などとおっしゃる方がいます。(その方に、バグスグルーブ録音時にマイルスとモンクの喧嘩は有ったのか、無かったのか、聞くことはしていません。)いずれにしても、その世界の話は、別の項でやります。

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