ジャズにおけるB級グルメ
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ジャズにおけるB級グルメの幸せについて考え込んだ、というお話です。
B級グルメ
- 言うまでもなくB級グルメとは、究極の名料理人が手を尽くして手に入れた稀な食材を腕に縒りをかけて料理した、なんてものではなくて(^^;、普通に限りなく近いんだけど、そこに何らかの執念に近い思い入れがあって出来上がる「一寸良い料理」、あるいはそれで満足する人のことです。実はNelsonは強いて言えばB級グルメであり、美味いものは食いたいけど、かしこまるのは大嫌いで、気楽に、安く食を楽しみたい方なんです。猟盤の項に少し書いていますが、大阪で言えば、ミンミンの餃子やパオヤンロウ、一芳亭のシュウマイで十分なのです。神田なら「いもや」で満足です。(というのは実は料理をされた方に失礼な言い方なのですが、、、)友人に「B級グルメなんてものはダメ」という人がいますが、まぁ言い分は判るし、接待で食う極め付け料理の美味さは確かに凄いものだと認めます。でもNelsonは、高い金を払って作法にまで気を使って飯を食おうという気にはなれません。
何なんだろうか
- 何故B級グルメなのか、と考えると直ぐに判るのが、吝嗇であるからということでしょう。色々理屈を言っても、結局は金が惜しいに違いありません。A級グルメを食い尽くしてからそう言うのなら兎も角、それ程知りもしないのにB級グルメに走る理由は、悔しいけどきっと吝嗇のせいです。と認めた上で、ゴマメの歯軋りとして聴いて貰えるなら、「そんな金があったら、もっと沢山のCDを買うよ」というなんとも情けない捨て台詞がつい出てしまいます。それと、結構食いしん坊ですから、美味いものは食いたいのです。どこの何を食っても良い、というのでは無く、吉祥寺なら、神戸なら、とそこのB級グルメ店を覗いてみるのです。人の評判を参考にはするけど当たり外れが結構あり、鵜呑みにしないで自分で味を確かめます。
ジャズにおけるB級グルメ
- ジャズにおいてもB級グルメというのが、どうもあるようです。「それほど大した盤じゃないのに大騒ぎをして」、と書けばお分かりのように、Nelsonなどはその典型です。どうもNelsonは感情の満杯レベルが低く出来ているらしく、一寸した盤でも大いに感激するようなのです。よく「一般受けする」とか、「入門の方には最適」とか、「この盤はココが難点だ」とかいう辛口評論家の方の小難しい言辞を見かけますが、その方がそう評する盤を聞いてみて、「結構良いじゃン」と思うことが多いのです。「あっ、またオレの事を言ってる」とドキッとする位です。「俺っておかしいのかなぁ」と思った時期もありましたが、でもそンなことを考えながらも、そういう盤に思わず手がまた伸びている事に気付き、「まぁ、どっちゃでもエエわい」と悟ったのです。
B級グルメの幸せ
- 世の中では結構さげすまれることも多いB級グルメですが、Nelson自身の事を振り返ってみても確かなことですが、B級グルメの人自身はそれなりに幸せなんです。妙に難しい事にこだわる必要がありませんし、好きな盤を好きだといって聴いていれば良いんですから。B級グルメが得する事で特筆大書すべきことは、好きな盤が沢山出来てしまうことです。鑑賞・評価のレベルが低いですから、基準を満たす盤が多いのです。従って愛聴盤が一杯あり、自分でもそれを聴きながら「良えジャズやんか」と実感しています。「程度低いなぁ」と言われようが何と言われようが、「楽しんで聴いてるんやから、放っといてんか」と思っています。小難しい事ばっか言ってては、楽しめる盤も楽しめません。そんなことしてズーッと暮らすよりは、「良ぇなぁ、良ぇなぁ」と言って暮らすほうが幸せだ、と思って軽蔑(^^;)に耐えて生きています。
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