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Thelonious MonkとGiorgio De Chirico
  • Thelonious Monkの名盤、Misteriosoのジャケットに採用されているDe Chiricoの絵を見たときから気になっていたこと、というお話です。
    名盤、Misterioso
  • 上でクリックされていれば右にDatabaseが出ているはずですから、細かい事は繰り返しません。初期の種々の個性的な試みはBlue NotePrestigeに良い演奏が多くあります。奇妙な味ながら人懐っこいところもあり、なによりも演奏のスリル感が素晴らしいと思います。この盤の前後辺りから、基本的にカルテットを主体とし、ピアノトリオ、ビッグバンドも時々、という活動になっていきます。この盤の後に、Miles Davisのバンドを一時期辞めたJohn Coltraneをフロントに据え、Five Spotで伝説のライブをやったのです。それはライブとしては録音の悪い盤が近年発掘されており、スタジオ録音では'Thelonious Monk and John Coltrane'という茶色のジャケットの盤が好演盤です。作曲の方は、一度も途絶えることなく、独特の音選びと、リズム、和声が印象的な作風を貫きました。この人の曲は、今でも多くのジャズメンが機会があるごとに採りあげるので、どなたもよく聴いておられる筈です。この盤もオリジナル満載でありながら、実に多くの方が好きだと仰る盤です。そして、ジャズ以外の方が興味をもたれるのが、どうしてDe Chiricoの絵を使っているの、ということでしょう。
    Giorgio De Chirico
  • De Chiricoはギリシア人で、20世紀に「形而上絵画」とも呼ばれた抽象画を描いた人です。そういうシュール・レアリズムとも関連する作風に、ルネッサンス絵画の香りも伴って、限定的ではあっても熱烈なファンの多い画家です。見て直ぐに「何なんだろう」と考えさせられ、その絵を語るときには不条理、不安などのキーワードがよく出てきます。Misteriosoに採用された絵は、「The Seer(預言者)」と題された絵で、マネキン、広場、建造物と、この人がよく採用する題材、色調が、独特の雰囲気を持っています。Nelsonは、この種の絵が好みなもので、それもあってMonkの世界に直ぐに親しんだのかもしれません。ただ、晩年のDe Chiricoは、かなり普通の絵を書くように振れたようで、残念ながらNelsonもあまり評価しません。
    Thelonious MonkとGiorgio De Chirico
  • そこで、Thelonious Monkの作品にGiorgio De Chiricoの絵を配した制作者の意図を忖度してみると、先ずアルバムのタイトルの問題があります。収録したMisteriosoを題にするということが決まっていたとすると、このMisteriosoはMysterious(秘密の)のイタリア語ですから、そういう盤ですよ、ということになります。あるいは音楽にはイタリア語が多いですから、Alegro等と同類の音楽用語という可能性もあります。従って、この曲を聴けば判るように、誰もがこのテーマをひそやかに、あるいは何か未知の物が現れる前触れのように演奏します。とすれば、両者とも独特の作風を持ち、しかもイタリアに縁があるDe Chiricoの絵に想いが行ったとしても不思議ではありません。まして、このテーマが持つ不思議な曲想は、この絵に巧くマッチしています。
    Monk狂い
  • Nelsonも御他聞に漏れず、Monkならでは夜も日も明けぬ、という時期がありました。一度この人の音楽にはまると、何故か相当に入れこんでしまうようです。初期の演奏を聞き尽くし、カルテットものも聴き、となる所までは、皆一緒です。Riversideの後期あるいはColumbia時代の、Charlie Rouseがフロント楽器奏者として定着した後のものも、相当に集め、聞きました。しかし、ハッキリ言うと後期の盤は、ユニットとしての統一性もあって初めは良いのですが、先ず演奏曲が限定されていることがそのうちに引っかかリます。Bill EvansやMiles Davisの場合と違って、徐々に深化していく演奏でもなく、スリルが格段に無くなると感じるのは筋違いでしょうか。でも、「やっぱ、モンクは初期が圧倒的に良いよなぁ」という方が多いようです。
    晩年
  • 一時期隆盛を極め、血気盛んだった人が、晩年に精彩を欠くというのは残念な事ですが、仕方の無い事です。De Chiricoの晩年の絵や、Thelonious Monkの晩年の演奏は、残念ながらそれが当てはまる場合のようです。でも、だからと言って、初期、中期の輝きをおとしめるべきものではありません。'He Is not What He Was'は世の常であり、むしろ'He Is still What He Was'の方を希有の事と賞賛すべきなのでしょう。
    「ハイライト」の和田誠さん
  • 2002年2月下旬の日経新聞最終面に、工業デザインの和田さんが「LPを飾ったアート十選」という連載記事を書かれました。その中で和田さんは、Riversideのデザインを担当したPaul Baconをとても褒めておられていました。そしてThelonious MonkのRiverside盤で、「Plays Duke Ellington」ではアンリ・ルソーの「ライオンの食事」を、そして「Misterioso」ではデ・キリコの「予言者」を意匠に採用した事の周辺をメモされており、面白く読ませて頂きました。

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