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「Stick to your taste and be proud of it 」(NYからのメール)と、菅○さんの最近の言
  • NYからのメールと、菅○さんの最近の言には元気が出て、このサイトの根っ子について書く気になった、と言うお話です。
    NYからの激励メール
  • 米国 (NY在住)の方から、少し前のことですが、励ましのメールを頂きました。かいつまんで言うと次のような事で、正に我が意を得たわけです。その人は、「どうも、アッチを見たり、こっちを見たりするジャズファンばかりで気に入らない」、と言われた上で、Those Groovy Catsで結構マイナーなジャズメンを採りあげて、良く調べているとお褒めの言葉があリました。そしてその上で、次のような元気の出る励ましを貰ったのです。
    Stick to your taste、、、
  • 「Yes, stick to your taste and be proud of it (自分の嗜好を大事にして、誇りを持て)」
    Those Groovy Catsの作業
  • この方は、Those Groovy Catsの作業の最初に採りあげたピアニスト、Tete Montoliuのファンのようでした。米国でもテテの情報とCDはどこにでも一杯ある、と言うものではないようでした。好きなジャズメンの事をもっと知りたくてネットでいろいろ調べているうちに、Nelsonのサイトでテテを採りあげているので喜んだ、と言うわけです。テテの項も含めて、Those Groovy Catsの作業は結構大変ですが、自分でもファンとして知りたい事を纏めてみて、こんな情報でも喜んで下さる同好の士がどこかに居る筈だがなぁ、と思って続けています。Carol Sloane、Cliff Jordan等、なかなか触れているサイトが少ないジャズメンのファンなのでしょうか、かなりの方から御賛同のメールを頂いています。従って暫くは、「Yes, stick to my taste and be proud of it」で行くつもりです。
    某誌における菅○さんの最近の言
  • 発売から時間が経っていませんから、まだ店頭にあるでしょうが、Stereo S○undの最近号で、ジャズ喫茶ベィシーの店主、菅○さんが、連載記事とは別に、自らのジャズ人生について一本の記事(No. 139, P. 292 - 297、「音の力」) を書いておられて、その一部も我が意を得た内容でした。これもかいつまんで紹介します。(関係ないことですが、菅○さんはNelsonと同じでスポーツ刈りだったのが、五木寛之風に髪を長くしたようです。)
    想像する事
  • 無論、「音の力」という記事全体を読んでいただくのが良いのですが、Nelsonの琴線に一番触れたのは、次の箇所です。菅○さんは、こんなにジャズ及びジャズオーディオに何故入れ込むかと言う事について、ビデオ等は一回しか楽しめないのに、レコードは数百回も楽しめる事の不思議さを指摘したうえで、その違いが聴取者の想像を刺激するか否かにあるのではないか、と主張されます。そして「想像する事がレコードを聞くことのおもしろさだ」と言われています。ジャズレコードを聞いていると気分が高揚して思考が活発になり、ああじゃないか、こうじゃないかと想像が膨らむと言うわけです。そしてその先の発言が圧巻です。その想像の楽しさに関して、「想像したものが、嘘か本当かということなどは、実は問題ではない。」と菅○さんは果敢に言い切るのです。こうなんじゃないか、という想像と事実との相違は問題ではない、そのとき自分がそう思ったと言う事で十分だ、というのは小気味良く、爽快な発言です。何度もベィシー参りをして、そのジャズの鳴らし方の素晴らしさにNelsonも感服した人の言う事ですから、感じ入りました。更に、「自分の想像が、真か嘘かを確かめる事にも興味は無い。時に、野暮ではないかとさえ思う。検察庁ではないのだ。」そして、「むしろ、思い入れの深さを大事にしている。」、「そうして、あれは良いと言ったり思ったりしていることが楽しい。大事にしたい。」とも言われています。Nelsonも似たような事を感じていたので、思わず快哉の声をあげました。
    研究や論評ではなく、思い入れを
  • 上記をNelsonネタで言うと、こういうことでしょうか。昔マルティン・ブーバーという人が居まして、自分と対象物との関係を「我ー汝(なんじ)」と、「我ーそれ」とに分けて説明していました。例えて言えば、Nelsonのような市井のジャズファンがジャズを聞く時の、Nelsonとジャズとの関係は「我ー汝」の関係であり、ジャズ評論家や、HM○やT○werの店主等とジャズとの関係は、かなりジャズを客観的に物として、身過ぎ世過ぎの手段として見る度合いが増し、「我ーそれ」の関係に近い、と言えます。個人のジャズファンの場合、良いジャズを聞いて感激して、それでオシマイです。そもそも趣味なんだから、理屈の入り込む隙はありません。でもオマケとして、その好きなジャズの演奏をめぐって、色んな事を言ったり、調べたり、書いたりはします。それはオマケであり、「聴いて楽しかった。」だけで良いのです。Nelsonも、Bill Evans Trioの最初期から晩年に至る演奏スタイルの変遷や、Sonny Rollinsの雲隠れの理由と言った調査・研究に類する事は、時にやります。しかしそれは、ある演奏に対する感激がその根底にあり、その感激の発展あるいは余韻としてなされるものであり、「つい、そこまで調べたくなってサ」という羞恥とでも言うべきものがあるべきなのだと思います。色々書いて原稿料を貰う評論家とはそこが違います。
    お前、としてのジャズ
  • 確か記憶でも、ドイツ語では2人称について、「お前(du)」と「貴方(Sie)」の使い分けがあったはずです。duと相手から呼びかけられるのは、無論見下しての事もありますが、「俺ーお前」の間柄になった事を認め合っての事です。個人としてのジャズファンは、ジャズを「お前(あるいは古語表現での汝)」と捉えているはずです。Nelsonとジャズとの関係も、無論、ある程度社会的な環境からの影響、制約があるとしても、優れて個人的で、自分の心地よさ優先のものです。そのような我ー汝の関係においては、「世の中色々あってね、そうもイカンのょ。」というような、ジャズ喫茶店主、ジャズ評論家、CDショップ支配人等にありがちな他者への気配りなど介在しません。実際、自分の部屋で、ジャズに耳を傾けて、じっくり聴きをするのに、他人の入り込む隙などありようがありません。時に他人に「へぇー、そんなの聴いてんだ」と軽蔑されることがあるかも知れませんが、あるときそんなジャズの演奏を聴いて、心地よかったことは確かであり、そういう自己の体験は否定しようがありません。他人の介入できない「我ー汝」の世界です。Bill EvansのWaltz for Debbyが好きなんで、一日中CDをリピートにしてかけたままにしたって、それは個人の自由です。個人のジャズファンが、ジャズと「我ーそれ」の関係になんかなっちゃぁいけません。
    上記二つの発言に通底するもの
  • 米国からの激励、そして菅○さんの手記、この二つに共通する立場は、「何をどう聴こうと他人様の邪魔をするわけじゃあるまいし、好きなジャズを沢山聴きましょうね。」という当たり前の事です。そう思いつつ日頃からジャズを聞いているわけですが、時にそういうことを他人の口から聞けると嬉しくなるのは事実です。そういう意味で、ちょっと興奮してしまったわけです。そして、これからもこのサイトでは権威主義的な見方を排し、「ジャズキチのおっさんのたわ言サイト」という立場を弁えて、このサイトを続けていこうと思っています。つまり、色々と調べたり、書いたりしているけれど、それもこれも、「ウワーッ、この演奏は凄いなぁ。」という極めて個人的ながら嘘偽りのない感動をバネにした(恥ずかしながらの)余韻である、ということなんですが、、、

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