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Paul Desmond -- 何ともお洒落な伯父さん
  • Paul Desmondは、Charlie Parkerの死後数年にわたって、Down BeatのReader's Poll第一位に座り続けたアルトサックスの偉人です。この人は、くだけた人で、インタビュー記事などでも実にシャレた受け答えをするので、エスプリの人として知られています。最近も、この人の何とも人を食った文章を読んだので、かいつまんで紹介してみます。DBQ退団後、自己のグループでカナダに居た頃のことです。以下、彼の文章の拙訳です。
    ドライマティニ
  • ボクは、「アルトからドライマティニのような音を出そうしている」と紹介されることが多い。今又そのことに触れるのは、それにはボクの方にも責任があって、どうも申し訳ないと思うことが多いからだ。と言うのも、ボクのレコードは時に、そのマティニを3杯も飲(や)っちゃったのかと思える音がしている気がするからなんだ。
    目が回るような興奮
  • それもこれも、長年のコンサート生活の後に、またその後もクラブで演奏しているので、目が回るような興奮が続いているせいだろうか。あるいは、今一緒にやっているEd Bickert (g)、Don Thompson (b)、そしてJerry Fuller (ds)という面々のせいかもしれない。
    Jerryは、、、
  • Jerryは、ユニークな希少種(しゅ)の代表格で、その時々に応じてセンシティブで、知的な演奏をすることに最大の喜びを感じるとみえる。
    Donは、、、
  • Donは、言うまでもなく「歩く奇跡」(Walkingはベースの奏法の一つ--Nelson)だ。彼について言うとすれば、先ず、彼はどことなく、どうしてもというのならしかたないけど、と言う感じで、ベースを弾く。彼の弾くピアノは、Keith Jarrettそっくりだ。、、、ボクのように気むずかし屋の老いぼれが、昔のスタンダードをやりたいなどと言うと、かれは文句の付けようの無いコード進行を押さえてくれる。(それも、もう一方の手ではその日のメモなどを取りながら楽々と、、、)そしていつでも彼は、間違いなくとんでもない素晴らしいソロをする。
    Ed Bickertもユニーク
  • Ed Bickertもユニークだ。先ず、彼の押さえるコードときたら、、、ボクはホーン奏者がよくやるお遊びでピアノを弾く。一応、十本の指で、88の鍵盤を。だけれど、Edとやっていると、ボクは一晩に何回も、彼のギターの弦の数を数え直さずにはいられない。無論、目をつむっていたって、ギターの弦は88本以下だと間違いなくボクは信じているが、、、(多分、ボクは彼の指の数をもっとしっかり数えないといけないんだろう) どうしてもボクに分からないのが、88鍵のピアノですらそんなに巧くは出せない音を、彼のギターでは、コード進行を間違わずに何コーラスも、どうしてあんなに凄い演奏ができるのか、ということだ。時にはオーケストラの譜面だってこなせるんじゃないか、とまで思う。それがはっきり分かるのは、彼の演奏テープを他のギター奏者に聞かせた時だ。皆、最初はうっとりした表情で聞き惚れるが、暫くして不審の念が混じってくる。そこでボクは、音楽的にボクが素晴らしいと愛でている彼のフレーズが、実はギターでは演奏不能に近い至技なんだ、と思い知る。(同じくこういう妙技を持つ他の演奏者と違い、Edはそれを自分のアドリブに取っておいて披露するんじゃなく、伴奏時にやることが多い)
    基本ルール、、、
  • (ここで急に、基本ルールを思い出した。読者は恐らくもうこのアルバムを買っているんだから、音楽についてうだうだ書くのは愚の骨頂だ。買って帰って、包装を破れば「おめでとうございます。貴方は今、正に最高のアルバムを手にお入れになりました。」なんて文句が、一番先に目に入って来ている筈だ、ネ。
    それでもまだ、、、
  • それでもまだ何か書き続けている理由は、ボクがもし読者だったら、これを演奏してるのはどんな奴なんだろうと好奇心を抱く、と思うからだ。(実際、ボクにとっても彼らは謎なんだ)
    Jerry Fullerとボク
  • Jerry Fullerとボクは、聴いてのとおりの人間だ。Don Thompsonは既に書いたように信じられない人間だが、でもその通り信じられない人間なんだから、どうしようもない。
    Ed Bickertの謎
  • Ed Bickertが謎の人として残るが、ボクも読者以上に彼のことを知っているわけではない。写真を見ると、コマーシャルに出てくるMarlboro Manによく似ている。(彼は、そんなことは不可能な筈なのに、ボクよりもタバコをずっと沢山吸う。ボクよりもはるかに健康だが、これは簡単なことだ。)ニコンのモータードライヴを持っていない限り、彼がタバコを咥えていないところを見ることは難しい。話し振りは、といっても殆どしゃべらないが(人付き合いがいやなわけではなく、単に無意味にしゃべらないだけだ) 驚くほどGary Cooperに似ている。、、、
    British Columbiaの小さな町、、、
  • 彼は、British Columbiaの小さな町で育った。(このアルバムは実は短編小説で、その頁の間に巧くレコードが隠されているような気がしてきましたか)
    妙な一致
  • Edの家について知っていることと言えば、カナダの西部にあると言うことくらいで、(Don Thompson もJerry FullerもVancouverの出であり、恐らくそこいら辺でとんでもないことをやっていたに違いない) そこで非常に個人的で、チョッピリ妙な一致に出くわす。
    50年代前半に、、、
  • 同じ時期、即ち50年代前半に、当時San FranciscoでDisk Jockeyであり、モンタレィジャズ祭の創始者だったJimmy Lyonが、Dave Brubeckとボクのツアーを企んだ。そのショウで僕達は、毎晩カナダの人里離れた山麓を行ったり来たりしていた。そのときのショウに、Ed Bickertは何度も出くわしていた。当時の彼は、ギターを撫でながら、「さてこの先、どうしたものか」と思案していたらしい。それからかなりの年月が過ぎ去った。まぁ、神のみぞ知る出会いだったが、遂に彼と一緒に演奏ができることになって、ボクとしては喜んでいる。(以上、Paul Desmond Quartet Liveの自筆解説から)
    蛇足ながら、Paul Desmondについて(ここからはNelsonの記憶によるもので、Desmondの原稿は上記で終わりです)
  • 1924年生まれで77年に53歳で逝去している。20才過ぎてからアルトを手にして、兵役中にDave Brubeckに出会った。50年代初めから67年までの長きにわたって米国随一の人気バンドDave Brubeck Quartet (DBQ)のフロントを務めたが、前に出る性格でなくリーダーは有名でも、Desmondはほぼ無名であった。Charlie Parkerを尊敬しており、逆に彼からも凄いアルトだとの評価を得た。芸風としては、Johnny Hodges派であろう。Lee Konitzと仲がよく、その類似性をいう人もいるが、Desmondのほうがメロディアスか。Desmondの音は柔らかく、滑らかで、中高音の多用が目立つ。ゆったりとしたテンポで吹くときの大人の雰囲気を愛でる人が多い。DBQ解団後、Jim Hallと気が合って良く共演して、RCAやA & Mに良い作品を残した。面白いことに、DBQは御存知のようにピアノがリードするグループだが、そのDBQ以外でのDesmondの活動では、ピアノとは共演せず、ピアノレスであることが多い。そしてその演奏が実に素晴らしいのが、凄いというか、皮肉だ。70年代に入ってからは上記のメンバーで、トロントのクラブの専属となっていた。ジャズ史上屈指の名曲Take Fiveは、BrubeckやMorelloの協力もあって出来た曲だが、作曲者としてDesmondのみがクレジットされたため、後の大ヒットに伴い巨額の収入を得たと言う。上記グループでの活動が本格化し始めた頃に肺がんと診断され、その後それによって死んだ。

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