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Bill Evansの「Turn out the Stars」6枚組ボックス
  • Bill Evansの最晩年のライブ盤に関するメモの後編です。
    メモの前編はここをご覧ください。 Turn out the Stars
    Evans本人が発売を承認
  • 「この箱物」の忘れてはならない大きな特徴は、Evans本人が発売を了承していることにあります。この偉大なピアニストを悼むように出された、この箱物よりももっと死期に近いギグの記録である箱物である「Consecration」と、「The Last Waltz(両方とも西海岸のキーストーン・コーナーにおける、同じギグから編集された8枚組ボックス。この二つで、このギグの全貌が判る)も素晴らしい作品ですが、それらは後世の制作者が勝手に企画・制作し、発売したもので、本人が発売を了解したものではありません。実際にも、これらが録音された時期には、Evansの病状は悪化の一途を辿って、最悪であったわけであり、発売如何を話し合う余裕など無かった筈です。
  • 話を一般化すると、ジャズメンに限らず、文学者、画家等の芸術家には、自己の作品の管理のような実務を嫌わない人と、創作が済んだら自分の仕事は済んだと考えて、後は放りっ放しで、実社会の種々の成り行き(作品の価格も含めて)をただただ見守るという人とが居ます。そのいずれであっても、どっちかが偉くって、どっちかが下劣であるということではなく、単に人の性格の問題だ、とNelsonは考えています。そしてEvansは前者に属し、自分の作品として出す盤に一定の基準を求めています。Evansは、その基準に合致しない作品の発表、というか発売を認めなかったのですが、彼が認めなかったという盤にも名盤が数多くありますから、相当に厳格な基準だったのだろうと想像されます。特に、Evansの晩年の盤はゴマンと出ていますが、そのほとんどの盤は、彼、あるいは後期の制作者、Helen Keaneが発売を認めた盤ではありません。その意味で、4日間のギグの殆ど全ての演奏を、それが演奏された順のまま出すと言う、かなり冒険的ですらある箱物6枚組の出版を、Evans本人が承認していたと言うのはとても大事なことなのです。彼の心の内を忖度するのは困難ですが、少なくともこの50トラック余りは自分の名前を冠して出すに値すると判断したことになります。4日間のうちの、初日の最初のセットは箱物には収録されていませんが、それはおそらく録音準備と音の調整といった実務的な事情で省略したと思われます。それにしても、その残りのセットの演奏を全部出すなんて、Evansの緻密で繊細な性格に思いを致せば、考えられないほど思い切った決定だったのではないか、と思えます。事ほど左様に、このギグはEvansにとっても、全体を通して彼なりの基準を超える出来で、満足する出来だったに違いありません。実際にも、この後、Evansは一月近くの訪欧楽旅をこなす体力と気力が、まだまだあったのです。そうであれば、「Evans、好きだよ。」と言うほどのファンであれば、大部ではありますが、やはり座右に置くべき傑作なのでしょう。
    専属レーベルの立場
  • この箱物の製作に一番貢献したのは、ジャーマネのHelen Keaneであることは言うまでもないことでしょう。当初のKeaneおばさんの企画では、2枚組にまとめるつもりだったそうですが、良い演奏が多くて、現在の6枚組として残っています。箱を飾るEvansがピアノを弾く写真は、かの阿部 克自さんの写真だとクレジットされています。ギグが行われた場所を提供した側を代表して、V.V.のオーナー、Lorraine Gordonの名前があるので、「そうだよなぁ、この時点ではもう旦那の、Max Gordonはこの世に居なかったんだろうなぁ。」と思わせます。以前にハーレム探訪で一か月の宿を貸してもらったトミー富田さん(元六本木のクラブの経営者で、今はハーレムに在住)が、「まぁ、一寸弱気になっていた時期だったのかと思うけど、あの店をオレに引き継いでくれないか、ってMaxに相談されたこともあったんだよ。」とおっしゃっていたことを思い出します。
  • この6月のV.V.でのギグの後、Evansトリオの録音は、7月の中旬と8月上旬にロンドンのロニー・スコットで計2回のギグが録音されていて、これはDreyfusから出ています。その後が名盤の誉れ高い「His Last Concert in Germany」盤です。これはロンドンから続くツアーの流れで、8月中旬にバート・ヘーニンゲンでライブ録音されており、West Wind盤(WW 2022, 写真を下掲)として出ています。
    his last concert in germany
    これはNelsonも持っていますが、「Nardis」は入っていないけれど、その他の彼の曲の殆どが聴けて、しかも演奏自体も音も悪くは無い盤です。箱物を棚から取り出すのには気合が要りますが、これは一枚ものとしては内容も良くまとまっていて、人気があるのが頷けますから、お持ちで無い方には是非モノですよ。そして最後の録音となるのが、訪欧から戻って西海岸にツアーした、キーストーン・コーナーでの9日間のギグの記録です。これはMilestoneレーベルから、「Consecration」「The Last Waltz」として、2箱に分けて、全16枚分が収録されています。
  • この時期、EvansはWarner Brosレーベルの専属でしたが、普通の専属契約ではリーダーとしてのスタジオ録音は専属レーベルからしか出せません。例外は、サイドメンとしての録音と、他レーベルとの相互乗り入れくらいのものです。レーベルの専属契約では、普通、公演やギグの興行の実施までは縛れませんが、そのような興行の成果を録音物としてリーダー名で発売する時には一定の制約があるようです。しかし実際には、Evansのような人気ジャズメンの場合は往々にして、上記のようにDreyfus、West Wind、Milestone等から盤が出されます。そして、これらの盤は大レーベルから出ていますから、つまりは長靴ものではない、正規の盤です。これは、公演契約や放送契約の細部にかかわることであり、専属契約の縛りが緩く、その抜け道を使って出しているのです。
    阿部 克自さんの眼光紙背に徹する写真
  • ここまで書くと、やはり阿部さんについてもう少しメモして置きたくなります。この箱物を飾るEvansがピアノを弾く写真(上掲)は、かの阿部さんの写真です。阿部さんは、元ジャズ・ギタリストでしたが、40歳を過ぎた頃からジャズメンの写真を撮られるようになり、NYCのジャズの現場深くに入り込んで、ジャズメン達と肝胆相照らす付き合いをする中で、写真家にとどまらず、アルバムのデザインまでなさいました。特に阿部さんの写真が、メディアに止まらず、ジャズメンにまで愛されたのは、上掲の写真にも現れているようなジャズメンの気持ちの在りようを抉り出すような写真群です。大向こう狙いの派手なブロウの情景に挟まれて、フト気分を休めている何気ない表情を捉えた写真には、そのジャズメンの、正に素顔とでも言うしかない人間性が現れているように感じられて、見る者を撃ちました。阿部さんが録音スタジオやクラブをカメラを持って歩き回っていても、ジャズメンとその関係者が全くそれを不自然と思わずに、普段どおりに演奏し、雑談でくつろぐ・・という気の置け無さが無ければ、そんな写真は撮ろうととしても撮れる訳がありません。そこに、安部写真の魅力があると思います。惜しくも2008年に癌で旅立たれましたが、多くのジャズメンが阿部さんの死去を悼んだと聞きます。

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