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度を越した、しかし愛すべき音楽好き

  • 「ハイ・フィデリティ」という音楽小説(かどうか)を、とても面白く読みました。音楽といってもジャズ狂の世界ではなく、ロック狂の世界の話なのですが、音楽好きの生態に変りはなく、殆どそのままジャズにも当てはまるなぁ、と感じ入った次第です。(新潮文庫、Nick Hornby著、森田義信訳、平成11年7月発行)ですが、先日映画化されています。早速借りて自宅で見ましたが、中々の仕上がりです。その辺はここでどうぞ御覧ください。
    あらすじ
  • 主人公ロブは30代で、大学を出た後ディスクジョッキー等を経て、今は中古レコード店をやっているのですが、ローラという同棲相手と一悶着あって、でも元のさやに収まるお話です。この店を手伝う二人ディックとバリーは、それぞれ一癖あるロック狂でありながらも、主人公をうまくサポートしています。この小説は、このような展開の中で、音楽好きの生態と、周囲の人間との関係を実に巧く描いています。
    中古レコード店Championship Vinyl
  • 舞台は北ロンドンの町外れらしく、静かな場所なので、店はメールオーダー以外では全く採算が取れていません。店名で分るとおり、アナログ中心の店です。Nelsonにとってロックは殆ど土地勘のない世界なので想像に止まるのですが、結構ロック関連の稀少盤なども置き、エサ箱にはなかなか濃い盤が並んでいるらしく思えます。この小説を読むのに邪魔にならない程度に、音楽上の話題のみを幾つか拾ってみます。音楽が好きな人ならば、思わずニヤリとして、思い当たる筈です。
    トップファイヴ
  • バイトのバリーは、機関銃のように単語が飛出す上に、何の話題でも、「それのトップファイヴは」、とその話題に関するロックの名演を五つ列挙する癖があるのです。話題は「葬式で流して欲しい曲」であったり、「雨の月曜の朝にかけるレコード」であったり、「A面1曲目のトップファイヴ」であったり色々ですが、何でもすっとトップファイヴが出てくるのは流石です。これは、殆どこのHPの「何でも10枚」の世界と同じです。
    オムニバス・テープ
  • もう一人のディックはナイーヴそのものといった青年で、かなりの音楽通で、なにかというと、「じゃぁ、今度それのオムニバス・テープを作っておいてやるよ」と言って、色んなオムニバスをロブに呉れるのですが、ロブは殆どは聴いたことが無いらしいのです(^^;。トップファイヴと似た営為で、その主題に関する好演を所蔵から選り出して、オムニバスを作るのです。曲数が少し多めである他、順番がモノを言います。オムニバス・テープ作りには、当然、作り手の主観が入りますが、人にやるからにはある程度の客観性も持たせているのでしょう。作っている間の作成者の思い入れが見え隠れします。
    所蔵の並び替え
  • 主人公のロブは、何かというと所蔵のレコードの並び替えをやるようです。失恋してストレスが溜まった時なんかにやるらしいのですが、アルファベット順、年代順、購入順、いくとおりも並べ変え方はあるといいます。あのレコード、というと、あれは83年にあの女にやろうとして買ったんだということを思い出せば探せるとか(^^; それで周りから、「おっ、また大並べ替え大会かい」と冷やかされてしまいます。
    宝物か、ごみ屑か
  • ロブがあるとき買い付けにいくとその家には、まぁ、何と初期のエルヴィスのオリジナルシングルとか稀少盤、名盤がごってり。奥さんが旦那の留守に、日頃の腹いせに「50ポンドで持っていって良い」、という(^^; ロブは「安くとも千ポンドと」値付けするが、奥さんは「50ポンドしか受け取らない」と言い張り、結局、買い取りは不成立となる。個人的に欲しいオーティスレディングのシングルだけを買って帰ってくるが、仲間の二人に言うと折角の好機を変に意地を通して蹴ったことで罵倒されると思うし、自分でも若干後悔しているので、黙っている。確かにその趣味の無い人にとってレコードほど場所ふさぎなものはないから、皆さん気を付けましょう、という教訓です。
    「最高の客とは、土曜になるとレコードを買わずにいられなくなる奴だ」
  • このロブのせりふにはコメントも必要無いでしょう。その他に、「題名を知らない曲のメロディを口ずさんでこれが欲しいという客に、それの入った盤を差し出す喜び」とか、「へぇ。これ知らないんすか」といって売りつけちゃう時とか、売る側から見た観点も面白い。何年も売れないでいるレコードをレジまで持ってきたゾ、シメシメ、と思うと「嘘だよーん」と箱に戻すいやな客もいるらしいが、、、「人生をまじめに生きている男は、必ず500枚以上のレコードを持っている」。まさかッ
    そこまで言うか
  • たかがジャズ、たかがロックといいますが、何の趣味でもある程度はまってくると、話は厳密になります。ローラの車で、A(アートガーファンクル)のテープが流れるのを聴いて、ロブは「B(ソロモンバーク)が好きな人が、アートガーファンクルが好きだということは有り得ない。それはイスラエルとパレスティナを同時に支援するようなもので、絶対におかしい。」と文句を言います。ローラは「そんなこと、マクドナルドとバーガーキングとの違い位のもので、たいしたことではないわ」と応酬します。しかしロブは固執するのです。(オレはAは好きじゃないけど)あんたがAが好きだ、というのは個人の趣味の問題だから許容できる。しかし、その同じ人がBが好きだというのは論理的に(^^;有り得ない、本当にAが好きなのか、というところにまで話が飛んでしまい、ついには正に相手の人格を全否定するところまでいってしまうのです。これは単に有る曲が好きになる理由を、自分勝手に決め付け過ぎているのに過ぎないのですが、趣味にはまるとなかなかそれには気づき難いのです。特に主人公ロブのように「詳細かつ精密な価値判断基準を作り上げている」場合は。
    趣味の押し付け
  • 上記の自分勝手な思い込みに気づかない時期に、ローラと知り合ったロブは、自分の好きな曲をオムニバスにして、「ほら、良いだろう」とプレゼントし、いや、押し付けます。聴かされるローラも、付き合い初めで盛り上がっていますから、「自分のコレクションが恥ずかしくなるくらい素敵」と感激などしてしまうわけです。ローラと別れる時に、昔買ってやったレコードをロブが持たせようとすると、ローラは「要らない、それはアンタの世界に引き込むためのものだから、そんな盤とは一緒に暮らせない。」という。「唯一、アンタは嫌いだけど私が好きなので呉れたスティングは持っていく」、というローラのセリフには真実があります。
    「ある人がどんな人であるのかよりも、どんな曲が好きかが肝腎」
  • ロブは、大学時代の友人の家を訪ねると、レコード棚をチェックして、難癖を付ける悪い癖があり、ローラはそれを不満に思っていました。しかし、ローラと最後に撚りを戻してからは、「みんなそれぞれ趣味があるから、、、」と初めて認めるようになり、その変化にローラが驚きます。人と人との付き合いにおいてもロブを含む「度を越した音楽好き」は、よくこうなりがちなことは憶えがおありでしょう。主人公ロブは色々あった末、どんな曲が好きか「だけ」ではその人のことは本当には分らない、という当たり前の境地に至ったわけです。

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