「送信管によるシングルアンプの製作集」
- 「送信管によるシングルアンプの製作集」は、誠文堂新光社が刊行した真空管アンプの研究書です。無線と実験誌に書かれた同氏の記事を読んで、多分波長が合いそうだと思って、単行本も買ってみました。1993年の発行で、2,500円という価格です。
「自分の好きな音楽をもっと良い音で聴きたい」
- この手の本は、金田さんの「DCアンプ」関連の本と同じく、制作者の音にかける熱意と、音楽に対する姿勢が、読む気になるかどうかの分岐路になります。そして「自分の好きな音楽をもっと良い音で聴きたい」という金田さんの情熱と、音楽の分野こそ違え、宍戸さんの同様の情熱とは、良い勝負と言っていいでしょう。また、トランス結合のモノ・アンプの鬼である佐久間さんの場合も、事情は同じです。そういう情熱が行間からにじみ出てくるので、人気筆者になっておられます。単なるアンプ製作本とは違う、独特の味があります。Nelsonのような下手の横好きそのままのジャズ・オーディオへの関心のレベルでは、安○、黒○、窪○氏等の記事は回路の話ばっかで、「正しすぎる」感じで、遊びが無さ過ぎと感じます。
「イントラ反転回路」
- 本書の特色である「イントラ反転回路」には、少し説明が必要でしょう。丈夫なことで知られ、しかも殆どがフィラメントの発光がきれいな管である送信管は、真空管時代にラジオ放送等に使われた業務用の真空管です。この管を低周波増幅であるオーディオに普通に使うと、高音が輝き過ぎになりやすいそうです。しかし業務用で出来の良い管が埋もれてしまっているのに気付いた著者は、これをトランス結合で使おうと工夫し始めます。そして、その実験の結果、普通の真空管と異なり、相当にグリッド電流を流して使うと良い音が出るし、出力も取れることに注目されたようです。そしてその結合トランスの結線を正負逆転させることによって、前段のプレート電流とグリッド電流を帳消しにしています。この工夫によって、大きなグリッド電流によってトランスがヘタルのが防げるという発見が、特許になっています。このように、充分にグリッド電流を流せるようにした回路でのシングル動作では、送信管が従来では考えにくいほどにズ太い音を出し、また高音の過剰な輝きが抑えられることにもなりました。多くの方の追試によって有効性を確認されたこの回路は、「宍戸式」と呼ばれて、アマチュアもよく採用する回路となりました。おかげで、それまで非常に安かった送信管が高値を付けることになったということはあったものの、使われずに埃をかぶって埋もれていた送信管が、脚光を浴びるようになったのは、宍戸さんの功績です。Nelsonも、自分の生年頃に製造された真空管が、甦るかも知れないということで、一台作る気になったことは、宍戸式送信管8012シングルアンプにメモしました。先年亡くなられましたが、この方の熱意によって、これからも送信管が使われ続けるはずです。
構成
- この本では、先ず著者の宍戸さんが考案して、特許化されている「イントラ反転回路」の発案の切っ掛けと苦労振りが、生々しく語られています。この回路は送信管をシングルで用いる時の工夫なんですが、採り上げられている送信管は、以下のとおりです。
- 811A
- 801A
- 826
- 808
- 800
- 8012A/ 8025A
- 830B
- 838
これ以外にも、著者の設計した真空管アンプが数種紹介されていますし、SPの再生に特化したアンプもあります。実は本書に掲載の、Westernの傍熱管、4D32を使ったシングル15ワット・アンプに心惹かれるところがあり、「悠悠自適にでもなったら挑戦しようか」と秘そかに考えております。
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