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ピアノとしての特徴
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- お聴きになれば判るとおり、Tete Montoliuのピアノのタッチは強烈ではないにしても、強い部類であり、一音一音をしっかりと弾いていますから、恐らく技術的にもそれなりの訓練のなせる業なのでしょう。キャラキャラ、ではないのですが、相当に指の動きも早く、多目に音を使うスタイルです、
Catalanであること
- なんとは無しに聞いていても気づかされるのが、この人の独特の音選びであり、簡単に言えばスペイン風、ということでしょうか。専門的なことは判りませんが、どうやらこの音は、この人のスペインの血、というと本人が怒るので、カタルーニア人の血のなせる業ではないだろうか。と思えます。彼は繰り返し、「The Catalans are colored」といった、と引用されています。スペインの中でもフランス国境に近く、独立運動を繰り返しているこの民族が、(Afro-American instrumental musicであるジャズを育て、発展させた)アフリカ系米国人と似た血筋、環境にあることを、それとなく主張しているように思えます。Nelsonには、スペイン風の旋律としか聞こえない彼独特の音も、「スペインったって、広う御座んす。」という微細な構造があるのでしょうか。米国にも、メンフィスとシカゴでブルースの違いがあるように、欧州でもスペイン、あるいはカタルーニア人の音楽には、また独特の味があると思えます。
Derek Smithとの違い
- お聴きになれば判るとおり、Tete Montoliuのピアノのタッチは強烈ではないにしても、強い部類であり、一音一音をしっかりと弾いていますから、技術的にも相当の訓練のなせる業なのでしょう。キャラキャラ、ではないにしても、相当に指の動きも軽く、ふんだんに音を使うスタイルです、従って、LP片面なら兎も角も、CDを一枚全部聞きとおすと、相当のエネルギーを注入されてしまいます。このような感じは、といって直ぐに思い起こすのが、Nelsonの場合は、英国生まれのDerek Smithです。後に米国に移住してしまうこの人も、強めのタッチで、贅沢に音を使います。しかし、どちらかというと、Derekの場合はかなり無機的で、一心不乱ではあっても、情熱的とは言い難い客観性を感じます。この辺は、よく言われる「英国人の冷たさ、といって悪ければ、冷静さ」がほの見えます。Teteの場合は、もっと熱く、時に執念すら指に込めたのではないかと思える、暗目の感情の吐露を感じます。
Oscar Petersonとの違い
- Tete Montoliuのピアノは、明らかに子供の時に親しんだArt Tatumに由来するものですから、Oscar Petersonとも共通するものがあるわけです。Petersonは、当然のように、というか実に自然な流れの中で、Virtuosityを披露します。それが、彼のスタイルです。しかし、テテは、その能力はありながら、演奏が若干ゴツゴツしており、硬さがあります。その硬さは未熟の仕業ではなく、彼の音楽の硬派な面の現われです。最初に、コペンハーゲンのロランドカークの演奏を聞いた時にも感じたことですが、そこに彼のスタイルの原点の一つがあるとおもいます。それは、鬱屈というと言い過ぎかも知れませんが、明らかな屈折と見受けられ、そのような音とスタイルを選んでしまう彼の志向が我々を撃つのではないか、と思います。
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