リズムに関するスパイスで特徴的なリズム・パターンを「掴み」 にする手として、「What's My Name/ Sonny Rollin」 の例を紹介しました。そこで忘れてならないのが、キャッチ―で耳をくすぐる嵌め手 だけが良いのではなく、普通の、何てことがないリズム・パターンでも、聴き手の心は掴めると言うことです。種も仕掛けも無い単純なリズム・パターンでも 、良く練られたモノならば、上手く使えば効き目があります。別の所でも触れましたが、ジャズのキモであるリズムは魔力的な力を持っていて、誰もが嵌まるパターンをうまく見付けると、「リズムの暴力」と良く言われるような特権的な力 を発揮します。
何てことはない、単純なパターンなのに・・・
その特権的なリズムの魅力の典型として挙げておきたいのが、McCoy Tynerのオリジナルである「Walk Spirit, Talk Spirit」 です。コレは多分、初録音が「Enlightenment」 盤だと思います。これは’73年のモントルー・ジャズ祭 での公演を、そっくり2枚組盤に纏めたモノの、2枚目に20分近くのスペースを取って収録されていました。確か発売当時から大人気な、魅力に溢れた曲でしたが、新人のAzar Lawrence がまだ馴染みが無いせいもあって、好悪の評判が分かれたと記憶します。
中々人気がある曲で多カバーされており、CDとして出されていなくても、多くのカバー版が動画でアップされています。サックス入りだと、Ravi Coltrane、Gary Bartz、Michael Brecker 等の動画があります。しかし、何と言っても和めるのは、右掲の「Walk Spirit, Talk Spirit - McCoy Tyner, Joe Lovano」 で、Joe Lovanoが入ったライブのヴァージョンじゃないか、と私的には思っています。
余談になりますが、・・・
この「ヨシ」 という日系のジャズクラブには、行けそうで行けず仕舞いで終わった思い出があります。ある視察団というか、まぁ団体でフリスコに寄ったことがあり、お決まりのFishermen's Wharfでのカニ喰い に付き合った後、ホテルに戻ってロビーで新聞のジャズ欄を読んでいたら、良さ気な面子でのギグをヨシでやっているのが見つかりました。もう宮仕えも上がりの頃 で、ココを出張で再訪する見込みもないなぁ・・・と思って、傍に来た添乗員に、「団体行動を抜けて、オークランド まで行こうか、どうか迷っているんだ。」と話しました。すると「ジャズがお好きなのなら、虫が騒ぐんでしょうね。でも、行きは良いけど、帰りが深夜になるんでしょうから、安全な車が拾えるかなぁ・・・」と言う返事でした。そのニュアンスは、自己責任で行くのを止めはしないけど、手放しで勧めはしませんねぇ・・・という感じ。添乗員に、そんなことを良いかどうかを聞かれても困る、というかそんなこと聞いて欲しくない・・・という反応です。SF市内じゃなくって、湾を渡った東岸 なんで、少し離れているんだよなぁ、と我に返って、行くのを諦めました。この「ヨシ」は良いクラブで、多くのライブ盤が出ています。残念ではありましたが、それが宮仕えと言うものでしょう。
何てことはない、単純なパターンなのに・・・
前の曲が終わって、予定したセット・リスト通りの進行 なんでしょうが、McCoy Tyner が皆が汗を拭いたり、水を飲んだりするのを眺めながら、しっかりしたリズム・パターンで、ヴァンプ風のイントロ を弾き始めて、曲のペースが出来て行きます。皆の準備が整うのを見て取ると、アイ・コンタクトでスタートの指示を出します。するとベースとドラムスが加わって、リズム・セクション全体でそれまでのパターンを合奏した後、前テーマの提示になります。その後もエンディングまで一貫して、ベースはこの「タン、タタ、タン・・・」 のパターンを、しつこいくらいにキープし続けるのです。 前テーマはワン・ホーンのロヴァーノ が、少しフェイクを入れつつ吹きます。トレーン流では定番の感がある、ごく単純なリフ曲 です。
ピアノ、テナー、の順でアドリブ回しがあり、少しベースがフィーチュアされたら直ぐに後テーマとなります。少し残心気味のカデンツァで名残を惜しんで 、エンディングにしています。「ホント、この夜は、ヨシに居たかったよなぁ・・・。」 何とも実に見事な演奏です。そして振り返って見れば、あの終始通底して示された「タン、タタ、タン・・・」というこの曲の骨格 とも言うべきパターンが、耳の底で鳴り続けているのでした。
マッコイならではの・・・
ココで判るのが、何も「What's My Name」の場合のような、凝った、際立ったリズム・パターンではなくても、普通の、どこにでもあるようなパターン でも、上手く使えば聴いていた人全員の脳裏に、何時までも成り続ける程に強烈な印象を残す ことが出来るんだなぁ・・・ということでしょう。そしてそれが出来るのも、まだ体育会系 の香りを残して頑張っているMcCoy Tynerの、グワーァンと言う分厚いタッチと、8,16分音符のトレモロ とがあってこそ、のことに違いありません。